「よぅ、祥瓊。久しぶり」

「楽俊! どうしたの?」

久しぶりに会った祥瓊は、目を真ん丸に見開いて楽俊を見た。

「いや、陽子に呼ばれたんだけど…。何だ。何かあったってわけじゃないのか」

楽俊はふっくりと安堵の笑顔を見せた。

『楽俊、どうしても会いたいんだけれど。良ければ慶に来て貰えないだろうか?』

そんな青鳥が来たのは一昨日のこと。

無理はしないでいい、とか。勉強を優先にして下さい、とか。

気遣いは嬉しいけれど、もう少し頼ってくれても構わないのに、なんて他人行儀な陽子が

少しばかり恨めしかったりもする。

陽子に来て欲しいと言われれば、行かないはずがないではないか。

そんなわけで、楽俊はあらかじめ分かっている分の予定は全部前もって片をつけ、

迎えに来た班渠にのって金波宮に来たのである。

「いいえ。別に何も…。ここのところは政務も忙しくないし」

相変わらず綺麗な顔立ちの祥瓊は首を傾げて思い返すようにする。

青い髪がさらさらと流れる様は、峻厳の細い滝のよう。

楽俊が初めて会った時も、祥瓊は美しい少女だった。

誇り高く、けれど、形だけの美しさに囚われていた少女だった。

それが今では違う。

以前よりずっとずっと綺麗になったと思う。

絹の服で着飾らなくても、宝飾品などなくても。

内面の輝きが顕われて。

「とにかく、陽子のところへ案内するわ」

こっちよ、と祥瓊は先に立った。楽俊はその後に続く。

案内されたのはいつもの陽子の私室。けれど、覗き込んだそこに陽子の姿はなかった。

「………変ね。いつもならここにいるんだけれど」

「やっぱり何かあったのか?」

「昨夜、延台輔がいらしてたけど、その時はすごく御機嫌だったわよ?」

「ふぅん……?」

「ま、いいわ。楽俊はここで待ってて。探してくる」

祥瓊はきびきびと裾さばきの音も見事に来た道を戻って行く。

類は友を呼ぶの典型だな、と楽俊は苦笑した。

目を部屋の中に転じて見回せば、私室はきちんと整理されて隅々まで掃除が行き届いていた。

机の上にあった書面を見遣れば、御璽が押されてあって真面目に日々の仕事に励んでいる様子だ。

ふと微笑んだところへ、ばたばたと賑やかな足音が近付いて来るのが分かった。

「ら、楽俊!」

飛び込んで来たのは紅色の髪。翠色の瞳。飾りっけのない袍姿の陽子だった。

けれど、彼女の輝きは隠れもない。

王気というものが見えるものならば、きっとこの輝きのことなのだろうと思う。

「よぉ。元気だったか?」

穏やかに尋ねてみれば。

「あ、う、うん」

何故か陽子はわたわたとして返事をした。手にはなにやら大きな箱を抱えている。

「ああ。もうちょっとゆっくり来るかと思ってたんだ。うわー。どうしよう。もっといい服を着ようと…」

「………?」

「だって、だって年に一度のいべんとなのに〜」

楽俊は訳が分からず首を傾げた。

「何だ? 今日は何かの節句だったか?」

楽俊が聞くと、陽子も首を傾げた。

「あれ? 雁でもあるんでしょう? 六太くんが雁でも広めたって言ってたよ」

「だから、何の話だ?」

「いや、だからばれんたいんでーのこと………」

陽子と楽俊は首を傾げたまま顔を見合わせた。

「あれ。もしかして、楽俊、知らない?」

「雁にもあるのか? その、ばれんたいんでーって…」

「って、六太くんは言ってた……」

「おいらは知らないけど…」

楽俊は困惑して応じる。

「ばれんたいんでーって何だ?」

陽子も困った様子だったが、その一言を聞いた途端、流麗な線を描く柳眉を上げた。

「去年は楽俊、お菓子をもらったって聞いたけど」

むくれた様子で言い放つ。

心なしか、その目が冷たい。

「お菓子? えーと、去年の今日にか?」

楽俊は記憶を無理矢理掘り返した。……そういえば、そんな事があったような気がする。

「確か必要な本か何かを貸したお礼だったぞ? ばれんたいんでーってそういうものなのか?」

楽俊が言うと、陽子はぐったりと脱力した。

その子も可哀相に…、と小声で呟くのを聞いて、楽俊はますます戸惑う。

「ばれんたいんでーっていうのはね、女の子が甘いお菓子を男性に贈る、蓬莱の記念日のこと」

溜息と一緒に陽子は言った。

「女性から男性に? 男は何もしなくていいのか?」

心底不思議そうに楽俊は訊く。

「男性から女性に贈る日は来月なんだ」

「………なんだか難しいんだなぁ」

「そうかな」

陽子は微苦笑した。

「とにかく、私は楽俊に贈りたいと思ってお菓子を作ってみたんだけれど………」

陽子はそう言って手に持つ箱をちょっと持ち上げてみる。

語尾はごにょごにょと消えたが、楽俊は大きな瞳をさらに大きく瞠った。

「陽子が、おいらにお菓子?」

それは、嬉しい。すごく嬉しい。

「なんでみんな吃驚するんだ? そんなに私って、料理下手に見えるのかなー」

ぷん、と拗ねた陽子に、楽俊は慌ててぶんぶんと首を横に振った。

「違う。政務で忙しい陽子が、おいらにお菓子を作ってくれたってことに吃驚してるんだ。

台輔や浩瀚様に叱られなかったのか?」

「いや。このところ落ち着いているし。それほど忙しくなかったから……」

陽子は表情を緩める。そういえば先程祥瓊もそんな風に言っていた。

「そっか……」

お互いにちょっと照れて俯く。今更だけれど、妙に気恥ずかしい。

「楽俊、食べてくれる?」

「勿論」

それを聞くと陽子はほっとした様子で箱を差し出し、楽俊はそれを受け取った。

「開けていいか?」

「うん」

蓋を取ると、中から茶色のふわふわとしたお菓子が出てきた。

甘い香ばしい匂いがする。その上には苺がのっていて、とても綺麗なお菓子だ。

楽俊の視線を受けて、陽子は口を開いた。

「それは、蓬莱ではしょこらけーきっていう。ちょこれーとのお菓子なんだ……って、ちょこれーとも

蓬莱のお菓子でね、昨夜六太くんに頼んで持って来てもらったんだ」

「ちょこれえと…」

「うん。ホントはみるくがいいって言ったんだけれど、六太くん間違えちゃったみたいで。

これ、びたーすいーとなんだ。ちょっと苦いかも」

苦いお菓子?と楽俊は不思議に思うが、とりあえず。

「食べてもいいか?」

「うん! 食べて。何か、お箸で食べるのも変だけど」

苦笑しながら陽子はお箸をくれる。

「いただきます」

楽俊はおそるおそる箸をつけてみた。

食べてみると、それはほろりと口の中でとけた。

そして、陽子の言葉通りそれは甘くて、少しばかり苦かった。

冬苺の酸味が程よくそれらを調和してくれる。

きらきらした瞳で見つめてくる陽子に、楽俊は微笑んで頷いた。

「美味しい」

「本当!? 良かった!!」

陽子は破顔し、嬉しそうに目を細める。

「材料も器材も間に合わせだから心配だったんだ。一応味見はしたんだけど。

楽俊の口に合うかどうか分かんなかったし……」

「本当に美味いぞ」

もう一口ぱくりと放り込む。

溶ける。不思議な美味しさだ。

「あ。楽俊、口の端にくりーむついた」

「え?」

慌てて親指で拭おうとした楽俊の手を抑え。陽子が悪戯っぽそうにくふんと笑った。

と、突然鮮やかな紅色が目の前いっぱいに広がる。

髪からふわりとお菓子の甘い匂いがした。

「…………」

「取れたよ」

呆然と見つめた先の、陽子の顔が赤い。

多分、お互いに、なのだろう。

「やっぱり、びたーはほろ苦いね」

「う、あ。いや…」

苦いなんて全然思わなかった。

あんまり吃驚して、頭の中が真っ白だったからだ。

ここに至って、ようやく楽俊はばれんたいんでーというのが何か、分かった気がした。

「陽子、本当に有難う」

胸の中を暖かく、そして騒がしくする感情を素直に受け止め、楽俊は感謝の気持ちを伝えた。

「どういたしまして。来月のお返し、楽しみにしてる」

含み笑いと共に陽子は言う。

楽俊はつられて微笑み、『来月のお返し』を想像してふと、顔をしかめた。

「う、うん…」

楽俊はぎこちなく頷く。

お返しは、やはり蓬莱のお菓子の方がいいのだろう。

しかし、一体それをどうやって入手するのか。楽俊はげんなりと頭を抱える。

『彼ら』にどうやって頼もうか。

………楽俊の頭の中をぐるぐると、とある国の王様と麒麟が爆笑しながら駆け回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

2002.2.14.


ありがち。ひねりなし。…ごめんなさい。(^^;
本当は景麒と楽俊のシリアスの予定だったんですが、
ここのところ楽v陽じゃないシリアスが続いているし、
甘々イベントで緩衝材にしようかと………。てへ。
いらないかとも思ったのですが、振幅とセットにした作品だったので、
こちらも掲載していただくことにしました。


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