「文〜張〜〜」

聞きなれた声に呼ばれて、楽俊は顔を上げた。

最近は『文張』の名前でも自然に反応出来るから、つくづく慣れとは

怖いと思う。

扉の隙間から顔を覗かせているのは、予想通りというか、その他に

誰がいるんだ…、の鳴賢だ。

「鳴賢。もう帰ってたのか」

微笑んで見せれば、鳴賢も闊達に笑って、後ろ手に持っていた品物を

差し出した。

「俺んトコの地酒。土産に持たしてもらったんだ。やるだろ?」

「構わねえよ」

楽俊は机の上に広げていた荷物を手早く片付けた。

と言っても、お世辞にも「多い」荷物ではない。

「御家族はお元気だったか?」

「まだまだ大丈夫。元気すぎてうるさくてすぐに帰って来たんだ」

鳴賢は肩を竦める。

年末年始は大学も休みになる。

この時ばかりは学生も実家に帰省し、家族と正月を迎えるのだ。

「楽俊は? 慶の友達だっけ? どうだった?」

「変わりなかったよ。慶国の方は随分変わってたけど」

いつもの場所に座りながら、ああ、と鳴賢は相槌を打つ。

「新王はなかなかの人物らしいな。女王は相性悪いって話だったけど。

延王も随分肩入れなさってるらしいし」

『面白がってる』の方が適切だな、と楽俊は思ったが、勿論、

口には出さずに頷く。

楽俊はこの年末、母と共に雁国主従につれられて慶国に遊びに

行ったのだ。

「すげえよなぁ。文張は。巧も、慶も、雁も、柳までちゃんと行って

見て来てるんだから」

「ちゃんと、じゃないと思うけど」

「いや、でも俺は雁から出たことないぜ? こういうのは経験してる者と

そうじゃない者と、やっぱり違うだろ?

官吏になった時とか、そういうので差が出てくるもんだって」

「ああ、成る程………」

鳴賢の言葉の意味が分かったから、楽俊は素直に応じる。

知ってることと、理解することが全く別物なのだとは、この国に来て

しみじみと実感することだ。

鳴賢は酒瓶を傾けながらそんな楽俊の様子を見て、何故か嬉しそうに

笑う。

「あぁ、昨夜の酒も持ってくりゃよかったな。昨日までに寮に帰って来てた

奴らとも酒盛りしたんだけど、土産を持ち寄ってあちこちの地酒を混ぜて

かなり不思議な味の酒、作ったんだ」

「…………へぇ……」

かなり不思議な、というところに一割の興味と、九割の不安を感じて

楽俊は曖昧に返答する。

「ああいうのが得意なヤツって、絶対寮に一人は居るよなぁ。

知ってるか? それで大成した先輩もいるらしいんだ。官吏にならずに。

大体、酒は皆よく飲むけど。これは国柄かなぁ?」

延王の酒好きは結構有名だから、楽俊は「どうだろう?」と笑い返す。

ちなみに、賭け事が好きなことや遊郭が好きなことは名物三官僚の

必死の努力の賜物か、洩れてはいないようである。

「でもまぁ、十日ごとに一課題、月に一度小試験、年に一回学年試験。

二年に一回は卒業試験だろ? それに毎日平常点もつけられるし。

試験の後は酒も飲みたくなるよ。おいらもそう思う時、あるし」

「ああ、それはあるよな!」

鳴賢の酌をしてやりながら、楽俊は指を折って数える。

全く、年がら年中試験ばかりだ。

楽俊は酒は飲めるが、好きというわけではない。親しい人と酒を

飲んでいる時の雰囲気はとても好きなのだが。

そんな楽俊でも時々は解放的な気分を求めて、飲みたいな、と思う時が

ある。だから、鳴賢が誘ってくれる酒宴がとても嬉しい。

「ほら、お前も飲めよ」

楽俊の手から酒瓶を取り上げ、今度は鳴賢が酌をしてくれる。

「慶の友達って、一度会ってみたいな。中陽子って言ったっけか?」

「うん」

楽俊は頷き、悪戯っぽそうな表情を浮かべてくすくすと笑う。

「………そういえば陽子も同じこと言ってたな。おいらの友達だから、

きっといい人なんだろうな、って」

「俺がいい人〜〜〜? ってーか、そいつ、お前のこと誤解してるぞ!」

鳴賢は素っ頓狂な声をあげて反論する。

「お前は頭もいいし、イイヤツだけど、実は負けず嫌いだし執念深い!」

立ち上がり、びしっ!と指までさされて断言され、楽俊は声を立てて

笑った。

「全くだ。否定しねえよ」

鳴賢はその返答にころりと表情を変え、今度つまらなそうな顔になった。

「あーあ。俺、何でお前と友達やってるんだろ。何か、すっげー悔しい」

「そうか。 おいらはすごく楽しいけどな」

「…………………ああ、もうダメだ。完敗だよ、ちくしょー」

鳴賢は今度は榻に座ると、そのままごろりと横になる。

鳴賢は楽俊の三倍は飲んでいる。今までの経験からして、そろそろ

許容量の限界ラインのはずだ。

そしてそうなると、鳴賢は眠ってしまうのだ。酔って人に迷惑を掛けた

ことがない。いい飲み方だと思う。

音が気にならないよう楽俊がそっと机の杯を片付けようとすると、

「なあ、なんで楽俊は官吏になりたいんだ?」

低い位置から鳴賢の間延びした声がゆるやかに昇って来た。

「なんだ。寝るんじゃねえのか?」

「……まだ寝ない。今日こそはお前の不純な動機を訊き出してやる」

鳴賢の言葉に、楽俊は思わず微苦笑した。

「不純も不純だなぁ。ギャクタマ狙ってるんだから」

落ち着いた楽俊の声音に、鳴賢は一瞬訝しそうな視線を天井に向け、

「逆玉?」

と聞き返した。

「そう」

楽俊はことさら真面目な顔を作って、楽俊より五割増に酒精を含んだ

鳴賢の顔を覗き込む。

「女王のいる国の官吏になって、女王を口説くんだ」

「………………………」

鳴賢の顔は驚きを示す前に、思考停止状態に陥った。

「お前、それって……」

混乱している様子の鳴賢は何度か口を開閉し、目を瞬かせる。

「………………………」

「鳴賢?」

しかし、様々な色の表情をめまぐるしく変化させていた顔は、

楽俊の微笑みに気付いて、一つの表情を選び出した。

「ああ、もう!! ああ、ちくしょー!

絶対、お前性悪だ!! 執念深い!」

鳴賢は喚いた。

楽俊は笑いを噛み殺して鳴賢を見遣る。

「俺は、文張は巧の国の官吏になるんだって思ってたんだよ」

仏頂面でそっぽを向いて鳴賢は言った。

楽俊は少しだけ頷き、静かな声で返答する。

「分からねえなぁ……。空位の時であれなんであれ、まだ半獣を認めて

くれる国じゃねえし……」

「そうか……」

鳴賢はやはり楽俊を見ないまま、壁を睨んで続ける。

「男の王がイヤなのは、塙王のせいなんだろ?」

「……………そういう訳じゃないけど……」

「巧の方はあんまりいい話、聞かないな」

「しばらくは、多分。……」

延王や延麒、陽子も時々、様子を知らせてくれる。

そしてどの話も、巧国の民にとって良い話ではなかった。

「雁で一緒に官吏になれたらな、って思うんだ」

楽俊は目を上げ、鳴賢を見た。

「でも延王は男だし。巧だと遠いからさ。慶なら女王だ。慶にしろよ。

半獣の規制もなくなったし隣の国だし、お前みたいに年末年始に

遊びに行くぜ?」

壁に向かって言葉を紡ぎ続ける鳴賢に、楽俊は目を細める。

「慶はいい国だってな。女王も美人らしいし。」

「いい国だし、景王も綺麗な方みたいだよ」

「ライバル多そうだなぁ」

楽俊は堪えそこなって、吹き出す。

ライバルの筆頭はあの無愛想な麒麟だろうか。

「今度、陽子が来たら紹介するよ」

「………うん」

鳴賢の声に温かなものが戻った。

「約束だぜ?楽しみにしてるから」

「おいら、約束を破ったことないだろ?」

そこで鳴賢はちょっと振り返り。

その途端、何故だかひどく呆れたように笑った。

「?」

首を傾げた楽俊に。

 

 

「なぁ、文張気付いてるか?

お前、友達の事話す時は、すごく優しい目になるよな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

了.

2002.1.7.


鳴賢&楽俊です♪ すごく書き易いです。この二人。(^^)
そしてこのSS、深読みすると鳴賢VS陽子!? って感じ。ν
もっと色々なことを絡める予定だったんですけど。腕が全っ然
足りないです〜〜〜。(^^; 大学の試験やお酒の話は
『宮崎市定全集 10 宋』(岩波書店)の「宋代の太学生生活」を
参考にさせて頂きました。本当にいい本です〜。らぶ。(^^)
基本的に、この頃の大学って今のイギリスの寄宿学校みたいな
感じらしいです。イートン校とか。ハリーポッターのホグワーツ魔法学院が
かなりイメージ的にも近そうでvv 平常点、楽俊くん10点プラス!なんてね。(^^)

漫画化して頂いたときも、それほど苦労した記憶がない・・・。
やっぱり書きやすいんでしょうか、この二人。(笑)
最初にネームを頂いた時、爆弾発言の後ろで薔薇の花が二人を飾っていたのが
今でも忘れられない素敵な思い出です。(爆笑)



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