-------- 陽子の問いかけはいつも唐突。

 

 

「ねえ、楽俊。私の言ってる言葉、ちゃんと聞こえてる?」

「………………は?」

 

今回もまた、前置きなしでいきなりそう訊ねてきたから、

「何の話だ???」

楽俊は本から顔を引き離し、首を傾げた。

試験休みで久しぶりに遊びに来たと思ったら、読み書きを勉強するから面白そうな本や

小説を教えて欲しいと言い出した。

その本を店をハシゴして二人で探していたら、また急な質問である。

陽子の言葉の意味が分からず耳と髭をぴくぴくと動かすと、陽子は妙に嬉しそうに

見つめて来る。

「ぐっどもーにんぐ。おはよう御座います。さんきゅ。有難う。

……ね。今、なんて聞こえた?」

「?????」

楽俊は訳がわからないまま言葉を繰り返す。

「ぐっどもーにんぐ。おはよう御座います。さんきゅ。有難う、って聞こえた」

「ふぅん? じゃ、変換できないのは名詞だけじゃないんだ」

にこにこしながら陽子は頷いてみせた。

楽俊は困惑する。自分一人で納得して、そのままこちらに説明なしで終らないで欲しい。

「……なぁ、今の、ぐっどもーにんぐって何だ?」

知識欲の塊である楽俊が聞くと、

「ああ、向こうの世界のあめりかの言葉でおはよう御座いますって意味なの」

陽子は応じた。

「あめりか?」

「うん、向こうの世界にも沢山国があって、国によって違う言葉を話したりもするんだ。

そのあめりかって国の、言葉だよ。私は今、おはようと有難うを違う言葉で二回ずつ

言ったんだ。それが、どのように通じるのかと思って。

でも、どうやら西洋圏の言葉はダメみたいだな。特別な名詞ならともかく、意味のある

言葉もダメなんだから」

「仙は言葉が通じるっていうけどなぁ?」

「東洋の言葉なら通じるんだろうね。おはようとか、有難うとか……。

………って今、なんて聞こえてる?」

「おはようと有難うって」

楽俊が答えると、陽子は可笑しそうに笑った。

「ああ、難しいな。こういう自動翻訳機は。どう説明すればいいのかな。私は今、

こう言ったんだ」

そう言って陽子は楽俊の前肢をとり、字を書いた。

『早上好』、『謝謝』

「これは向こうの世界の漢の言葉。これはちゃんと意味で通じたでしょう?」

「うん………」

陽子の言わんとしていることは分かった。分かったけれど。

「そもそも東洋とか西洋とかってのがわからねえんだけど」

楽俊は苦笑して問う。それにしても、陽子の説明不足にはいつも難儀する。

初めて会った時だって、ケイキという人を知らないか、としか言わなかったから

話がややこしくなった。金髪で、とそれさえ言ってくれればあっという間に解決

出来たのに。

いや、最初に景麒が説明してくれればもっと良かったのだけれど………。

「東洋というか……、なんて言うんだろう。大体漢とか倭とかではここと同じように

漢字を使うんだけれど、西洋ではこんな文字を使うんだ」

陽子はさらさらと記号みたいな文字を書いた。

殆どが一、二画で書ける簡単な字だ。

「それが文字なのか? なんか不思議だなぁ」

「そうでしょう? しかも漢字と違って二十六文字しかないんだよ」

「二十六文字だけ? じゃ、どうやって話をするんだ?」

「二十六文字の組み合わせで単語が作られてるの。たまに同じすぺるで別の意味の

言葉だったりもするけど」

「すぺる?」

「ああ。組み合わせってこと。綴りって言ったら通じるのかな……。通じてる?」

「うん、まぁ、何となくは分かる。……けど、それだと覚えるのが大変だなぁ」

「漢字だって覚えるのは大変でしょう」

「でも形が違うから……ああ、そう言ってしまうと逆もそうなんだな」

然り、とばかりに陽子は頷く。

「そうだね。でも不思議だな。仙籍がなくったってこちらの十二国の言葉はみんな

同じでしょう?なんで仙になったら翻訳機能がつくんだろう?」

「…………さぁ? 考えたこともなかったなぁ」

楽俊も陽子にならって首を傾げた。

「麒麟だって一番多く向こうに遊びに行くらしい六太くんが年に一度きりだよ?

形だって歪むらしいし。言葉を話せても殆ど意味ないと思うんだけれど」

「………なんでだろうなぁ。それこそ天帝に聞かないとわかんないんじゃないか?」

「天帝かぁ。思えば矛盾だらけの神様だよね。条理っていってもすごく幅があるし。

かと思えば訳のわからない規則を作ったり、案外抜けてたり。

王が国を傾けたら王が死ぬしすてむだけど、神様は世界の方を作り変えるんだよ。

なんだかそれこそ不条理だよねぇ」

「……………陽子は相変わらず不遜だなぁ。罰が当たるぞ」

「あっはっは。帰ったら景麒が苦しんでたりして」

「不謹慎だってば」

楽俊は苦笑する。

それにしても言われてみると翻訳機能は確かに不思議な機能だ。

 

--------- そもそも、何故、言葉で気持ちが通じるんだろう?

 

いや、勿論通じない気持ちもある。どれほどの言葉をもってしても。

けれど、言葉がなくても通じるものもあれば、

逆に言葉がないために通じるものもあるのだ。

これは大発見だぞ、と思う。ねずみの姿が貶められるのも、その辺りが問題なのかも

しれない。獣が言葉を話すのは極めて不自然なのだ、と。

「言葉って何だろうな」

「ん?」

陽子は微笑む。いつ見ても陽子の笑顔は眩しい。

「哲学だね。楽俊」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 

「心、でしょ?」

 

こともなげに陽子は言った。

恐れる風もなく。笑ってみせながら。

「そう、か………そうだなぁ」

楽俊は息を飲む。

だから通じるのかもしれない。だから仙籍にあるものたちには必要なのかもしれない。

より多くの心を聴き取るために。

より多くの心に訴えるために。

より近しく心を触れ合わせるために。

 

「陽子はすごいな」

「何が?」

楽俊は答えない。髭をそよがせて目を細めてみせるだけ。

そう、これは言葉を紡がずにいる方が伝わる言葉。

陽子もそれを悟ったのだろう。

ふふふ、と口元が綻ぶ。

「でも、読み書きは出来ないと困るから」

「勉強、だな。この本はどうだ? 面白そうだぞ?」

「……どんな話? ちょっとだけ教えて…」

 

 

-------- 陽子の問いかけはいつも唐突。

そしていつも、それが楽俊には不思議で、楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

了.

2001.10.23.


なんで翻訳機能がついてるんだろう?
って、とっても不思議だったんです。
それで私なりの解答。どんなものでしょう?(^^)

 

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