「乙女座……って…二十八宿の事か?」
翻訳された言葉がどう聞こえたのか、楽俊は聞き返す。
「二十八宿って言うの? こっちでは」
「陽子が言っているのがどういうものかは分からないけど、一年を二十八の星で
分けてその星の動きで事象を予測する学問はあるぞ。王宮にも天文の官が
いるだろう?」
「ああ、じゃ、二十八宿ではないよ。あちらでは十二宮星座だから」
「ふぅん………?」
興味を持ったらしい楽俊が身を乗り出した。
「あちらの占いの一種に、生まれた月日や時間でその人の性格や行動パターンが
分かるというものがあるんだ。
もし、楽俊が八月末から九月中頃の生まれなら乙女座なんだけど」
「そうなのか……おいら、気にした事なかったからなぁ。
母ちゃんに聞けば分かると思うけど………」
「そっかぁ」
陽子は不服そうに溜息をついた。
「実は、六太くんがあちらから十二星座の本を持ってきてくれてね、コレがとても
よく当たっていたものだから、楽俊は何座だろうかと皆で盛り上がっていたんだ」
陽子はごそごそと懐から一冊の薄い本を取り出した。
「それでね、全会一致で楽俊は乙女座だ!ってことになったから本当かどうか
確かめたかったんだけど………」
「へぇ………?」
楽俊がちょっと首を傾げて促すと、心得た陽子はおもむろに本を広げてみせた。
「『乙女座は知的活動分野、頭脳プレイ全般を代表する星座で緻密な神経と
するどい知性とをさずけられています。あなたはものごとを綿密に観察し、
細大漏らさず正確にその観察物をチェックしていくでしょう。そして頭の中に
インプットされた膨大なデータをやはり綿密かつ正確に比較検討して、
寸分の狂いもなくきっちりとした答えを出していきます。
緻密性を重視するあなたの観察力は人間わざとは思えないほどミクロ的な
精度を持っていますし、完全性を基礎とする批判分析力はまるでコンピューターの
ように高度で理路整然としています。さらにあなたは一度インプットされたデータを
けっして忘れません。多くのものを観察し、ことこまかに多量のデータを分析して
そのすべてを頭のなかにストックしてしまうのです』 」
読み上げられる過大評価な内容に、楽俊は照れて苦笑した。
「陽子ぉ。おいら、そこまですごくないぞ」
「何を言っているんだ。 この辺りは祥瓊も深く頷いていたぞ?」
「でも、どちらかというと浩瀚様のようじゃねぇか、それ………」
楽俊が言うと、陽子はちょっと天井を見上げるふうにして、うーん、と眉を寄せた。
「浩瀚はまたちょっと違うと思うんだけどなぁ。どちらかというと浩瀚は天秤座っぽい。
まぁ、どちらもO型かな、とは思うけど」
「オオガタ?」
「う〜んと、まぁ、それも占いの一種だ。血液型なんだけど……って遺伝的な繋がりは
里木の場合どうなんだろう? 血液型ってあるのかなぁ? 楽俊はO型っぽいな、と
感じてるから、私は勝手にそう思っているんだけどね。
もし楽俊が乙女座のO型ならね……」
陽子はパラパラと頁を捲り、また読み始めた。
「『あなたは教え好きとでもいうのか、まわりにいる人間に頼まれもしないのに自分の
知っていることを丁寧に教えてまわる習性のようなものをもっています。いうなれば、
乙女座O型の人は生まれついての教師。勿論頭のなかにストックされた知識量は
膨大で、向学心が強く、記憶力にすぐれ、指導力も抜群です』 」
「……………そこは、まぁ、当たってるかもしれねぇな」
耳の下をぽりぽりと掻きながら、楽俊は頷いた。
「うん。皆もここは異存がなかったよ。それから、あとこれもかなり当たってると
思うんだけど、楽俊が九月の上旬生まれならば、
『あなたは肉体的な魅力に富んでいて、異性はもちろんのこと、同性からも熱い
まなざしを向けられます。セックスアピールを感じさせる魔力を秘めていることも
あります。いずれにしてもあなたの肉体は人の心を惑わせます。その人が
考えていた人生を百八十度変えてしまうくらい、強い影響力をもっています。
知性と身体を武器に、上流社会にくいこんでいく映画の主人公のようなところも
あります。たとえ貧しく悲しい環境に生まれたとしても、ハイレベルな世界で
生きていける運勢をあたえられているのです』 」
楽俊は思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「に、肉体的な魅力って………ちょ、ちょっと待て、陽子。そのどこがおいらだって!?」
楽俊の問いに陽子は呆れたような眼差しを向ける。
「今更なにを言っているんだ。祥瓊と私の人生観を百八十度変えたくせに。
楽俊の毛皮は最高だぞ?」
「あ、あのなぁっ! だ、だから頼むから慎みをもてってばっ!!」
真っ赤になって声をあげる楽俊に、陽子はふふん、と余裕の笑みを漏らした。
「そうそう、乙女座は潔癖だ、とも書いてあったな。
ここは延王が大爆笑して泣きながら賛同した部分だ」
「え、……延王ってっ!?」
しかし、そんな楽俊の声をさっぱりと無視して陽子は畳み掛けるように読み上げた。
「『乙女座の男性は、男性としてはめずらしいタイプ。どろどろとしたセックスには、
目をそむけてしまう潔癖さがあります。けれど好奇心はとても強い人。実際には
知らなくても、知識はいっぱいつまっています。アダルトビデオなどはみんなと
一緒に見るのではなく、こっそり一人、部屋の中で見るタイプです。
また、”セックスは男性がリードするものだ”という固定観念にしばられています。
女性の方からの誘惑にはなかなか応じません。まして、風俗関連のお店などに
行って、欲望の処理をするなどはもってのほかだと思っています。
ですから、現実にセックスを経験するのは男女ともに遅いようです。セックスに対しても
臆病なのが、乙女座の特徴なのです』 」
「……………………」
「そんなになるってことは、当たってるのかな?」
卓子に突っ伏してしまった楽俊に陽子は艶かしく視線を流した。
薄く笑って顔を寄せると、耳まで真っ赤になった楽俊が上目遣いで顔を上げる。
「女性の方からの誘惑にはなかなか応じてくれないのかな………?
でも、好きな相手なら、たとえ嫌でも態度にも口にも出さないで誘われれば
拒否しない、ともある。自分の満足は二の次で、パートナーにサービスし尽くすって。
私が誘惑すれば、どちらになるのかな………?」
「………よ、陽子ぉ………」
困惑しきった顔の楽俊のうなじに陽子は手を伸ばした。
朱色に染まった熱い首筋は、心臓の鼓動と同じリズムで早鐘を打っている。
楽俊に逃げる様子がないので、陽子はゆっくりと近付く。
硬直した楽俊は指一本すら動かせず、ただその黒い目が陽子の動きを見守る。
「ほら、楽俊。リードしてくれなきゃ。 私には何の知識もないんだから……」
催眠術にでもかけられたかのように、陽子の目から、視線を逸らす事が出来ない。
楽俊は遠のきそうになる意識の中で初めて、六太が何故わざわざこの本を
陽子に渡したのかを知った。尚隆の差し金だろうか? それとも………?
頭の芯が白く輝き、痺れたように熱く、どくどくと脈打つ音が聞こえる。
陽子が妖艶な仕種で燭台の灯を吹き消した。
「よ、…こ。 灯を………!」
あげた声は上擦ってかすれている。
狼狽し、意識せず暗闇の中で伸ばした楽俊の手に。
絹織物を通して柔らかなものが触れた………………。