冠 礼

 

緋魚

 

 

目を開けたら、そこは見慣れない天井だった。

「・・・・・・・・・・・?」

自分は一体どうしてここにいるのだろう? と記憶が混乱し、頭を抑えながら周りを

見渡す。 古ぼけた机、椅子。それから、

本。本。本。

本の山。

「そっか・・・・・・」

起き上がりながら鳴賢は苦笑した。

昨夜は三日後の試験に備えて、二人で勉強していたのだった。

あまりの眠気に少しだけ休むつもりだったのだが、そのまま熟睡してしまったらしい。

体の上には毛布が掛けられており、起こす事を約束してくれた当の本人も

積み上げられた書籍の中に頭を埋めていた。

意識的なのか、無意識なのか、図書府からの借り物の本だけはちゃんと揃えて

別のところにおいてあるのはさすがというべきかなんというか。

「お〜〜い、文張・・・・・」

欠伸をしながら鳴賢は楽俊の肩に手を掛け、揺さぶった。

楽俊の体と共に、自分の乱れた髪もゆらゆらと揺れる。

「起きろ〜〜〜」

ひかえめながらも、爽やかな鳥の声。

窓から差し込むまだ薄い朝陽が友人の瞼にやわらかな影を作る。

「う・・・・・・・ん?」

「朝だぞー。支度して、飯食って、もう少し勉強するぞ〜」

「ふ・・・。むむむむむ・・・・・」

ぼんやりした顔ながら、楽俊は上体を起こした。

「んあ・・・鳴賢・・・。ごめん・・・・・おいらも寝ちまったんだな・・・・」

「いや、俺の方こそ悪かったな、臥牀を取っちまって」

立ち上がって鳴賢はもはや用をなさなくなっていた巾を取った。

寝るつもりではなかったから、妙な寝方をしてしまったらしい。

きちんと束ねていた髪も、こうまでぼさぼさでは結いなおさなければもうどうしようも

なかった。

「いや、それは全然構わねぇよ・・・・・どこまでやったっけ・・・・・・?」

目の下を擦る楽俊のやわらかそうな髪がさらさらと流れる。

鳴賢はまだ眠気の残るぼんやりとした瞳でそれを見つめた。

普段の鼠の姿ではあまり意識したことはないが、雁に来てから楽俊の髪も随分伸びた。

少しずつ切り揃えながら伸ばしているために、まだまだ長さは足りないようだけれど。

「・・・・・・・・・・・・・」

やおら、鳴賢はガシッと楽俊の頭を掴んだ。

「・・・・・・・へっ?」

思わず振り向こうとした楽俊の頭をがっちりと押さえつけたまま、

「お前さぁ、髪、そろそろ結ったら?」

鳴賢は言った。

「巧じゃどうなのか知らないけどさ、こっちじゃ、成人したら冠を付けるもんなんだ。

まぁ、短かったから今までは無理だったろうけど、そろそろ結えるだろ?」

鳴賢は楽俊の髪を引っ張った。

「いっ、いててててて・・・・!! 鳴賢〜〜〜!!」

喚く友人を横目に、鳴賢はざっと結い上げてみせる。

「櫛と、巾は?」

「く、櫛はそっちの棚。巾は適当なのを使ってる・・・・」

「巾、ないのかよ? 仕方ねぇなぁ」

鳴賢は先程解いた自分の巾と紐で楽俊の髪をまとめた。

楽俊の髪はやはり長さが足りず、形はいまひとつだったけれど、顔の輪郭が

露わになってぐっと年齢相応の若者の姿になった。

正面にまわってまじまじと出来栄えを確認し、ふむ、と鳴賢は頷いた。

「それ、やるよ。俺より似合ってるわ」

「・・・・・・・・・・・・あ、ありがとう」

髪がひっぱられてちょっと吊り目がちの楽俊の表情はなかなか新鮮だ。

「じゃあ、俺も支度してくる。用意出来たら朝飯に行こうぜ」

「うん、分かった」

楽俊はほんのりと微笑み、頷くと立ち上がる。

鳴賢もすたすたと扉に向かったが、廊下に出る直前でふと、思いついて振り向いた。

「巧でも、成人したら冠、着けるんだろ?」

「ああ。雁と同じで、巧でも冠礼が成人式だから」

気のいい友人は振り向くことなく答えた。

背を向けた彼の表情は読めなかったが、鳴賢は、その顔を容易に想像出来た。

おそらく、いつもの笑顔で笑っているのだろう。

「・・・・・そっか」

言い置いて、鳴賢は廊下に出た。扉を閉め、ふぅ、と息をつく。

巧にいた楽俊は、髪を伸ばすことが出来なかったのだろう。

巧にいれば、おそらく、死ぬまで成人になれなかった半獣の青年。

あるいは、髪を切り続けることで、彼は目を逸らし続けていたのかもしれない。

己が、成人であるという事実から。

「雁に来て、良かったよな」

鳴賢はぽつりと呟く。

・・・・・・否。

鳴賢は心の中で否定する。違う。それでは、正直ではないから。

鳴賢は、ゆっくりとその言葉を唇から紡ぎ出す。

「雁に来てくれて、良かったよ・・・・・・・」

そうして、鳴賢は小さく微笑み、のんびりとした足取りで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

了.

 

2003.4.22.


 

楽俊ってなんで髪の毛が短いんだろう、という素朴な疑問から生まれたSS。
イラストでは冠や巾をつけている人がわらわら出てきているのに、楽俊だけは
何故か肩あたりで切りそろえられてそのままなんです。
当初、一枚だけの貴重な人型楽俊のイラストをめぐって、「あれは実は長髪で、
後ろでひとつにまとめてて、きっと背中の半ばあたりまであると思うんだよ!」などと
(ひとりだけ熱く)友人達と議論していたのですが、アニメで見事に長髪設定は粉砕。
「じゃあ、何故短髪なのか?」を考えていて妄想暴走。まぁ、たまにはそんなのもいいでしょ。(^^;

漫画化においてはそこはかとなく鳴賢×楽俊の色香を感じさせつつ、「楽俊、腰細すぎ〜!」
「ぎゃー! 誘ってるよ、これは誘ってるよ!」などと大騒ぎしたものの、割とすんなりと
進められたような気がします。(笑) 漫画では冒頭に追加した楽俊の断髪シーンもあり、
皐妃さんによる美麗な長髪楽俊は緋魚が密かにお宝のひとこまとするところであります。(^ー^)


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