毎朝目覚めると冷え込みがきつくなり、段々と冬の到来が体の奥に染み込んで

来るようになっていた。

陽子の治める慶国も、戴よりはずっとマシだとはいえ冬は辛い季節だ。

だから今日も陽子は、雲海から下の世界を透かし見て溜息を吐いていた。

そして冢宰も、いつものその溜息の後に静かに訊ねる。

「主上? 何かお困りごとですか?」

「いや………。民は大変だな、と思って」

視線はまだ雲海を見ながら、陽子は信頼する冢宰の方を向いた。

「あちらでは、冬は厳しいけれど困ることなんかなかった。食べ物も衣服もちゃんと

あって、暖かい家で皆過ごしていたから」

ほぅ、と浩瀚は返答する。

「良い王がいらっしゃるのですね」

「良い王、か………」

陽子はあちらの世界を説明しようとして、どう説明したものやら困惑した。

「うん、そうかもしれない。豊かなだけが良い国なのならば……」

陽子はようやく視線を浩瀚に移し、ほろ苦く笑った。

「あちらではこの時期に、クリスマスというのがある。大きなお祭りでね。

厳しい冬を、そのお祭りで元気に過ごそうとするんだ」

「くりすます、ですか」

「うん」

陽子はにっこりと微笑んだ。

「子供がその年良い子にしていたら、サンタクロースという人が贈り物をくれるんだ。

とても楽しいお祭りなんだよ。だから、寒さも忘れることが出来る。

こちらにもそういうお祭りがあればいいかもな、なんて思ってた」

浩瀚は大人しく笑った。

いつも陽子はこんな風に、いろいろと取りとめの無いことを思ってはその実行困難に

溜息を吐く。

あちらとこちらの差とか、そんなこと以上に。

国力が圧倒的に不足しているのだ。この国は。

浩瀚もそれを知っているから、賛同しようにも出来ない。

「雁国に似たようなお祭りがありますね」

代わりに言った浩瀚の言葉に、陽子はやっぱりというかなんというか、笑ってしまった。

「確かに好きそうだね。延王は」

いや、それとも六太くん辺りが贈り物欲しさに輸入したものかもしれない。

もっとも、実際の年齢からするととても子供とは言えないけれども………。

「こちらではお祭りってどんなのがあるの?」

陽子が訊くと、浩瀚はふむ、と視線を上げた。

「色々ありますけれどね。清明節や端午節の二十四節の祭りがありますから。

それに、もうすぐ春節ですし」

「春節?」

「正月ですよ」

ああ、と陽子は納得した。年が明けるのを祝わない国はあちらにも存在しない。

こちらにもあってしかるべきだろう。

「そうすると、主上は二十一歳におなりですね」

一瞬きょとんとして、陽子はそうか、と頷いた。

「こちらでは数えだったな」

浩瀚は面白そうに顔をほころばせた。

どうも太師といい、冢宰といい、陽子のあちら風なのを面白がって猫可愛がりする

傾向がある。甘いと言うか、なんというか、まぁ、景麒があんな風だから差し引きすれば

丁度いいのかもしれないが。

「じゃあ、誕生日ってお祝いしないんだ」

陽子の問いに、

「あちらではするんですか?」

逆に浩瀚は問い返した。

「うん、親しい人を招待してお祝いするかな。贈り物をもらって、御馳走を食べる」

「では、主上にはそういたしましょう」

べた甘やかしの発言に、陽子は苦笑した。

「いや、いいよ。大人になって嬉しい年でもなくなったしね」

何をおっしゃる、と浩瀚は笑ったが、では欲しいものはないのですか?と訊かれて

陽子はちょっと考えて、それから悪戯っぽく笑った。

「そうだなぁ。楽俊がいてくれて、バースデイスーツに甘いものでもあれば嬉しいかもね」

翻訳機能が充分に働かないことを見越した上での陽子のキワドイ発言に、案の定、

浩瀚はちょっと首を傾げたが、質問はしなかった。

陽子もこの話はこれまで、と。そう思い込んでいたのだ。

 

が、しかし。

 

その発言がどのような結果をもたらすか、この時、どうして想像出来だだろうか………。

 

*

*

*

 

その年の陽子の誕生日、相も変わらずひょい、と前触れも無く現れた雁国主従と

楽俊に、慶国人は皆、呆気に取られた。

それは当然ながら、対面した陽子も例外ではなかった。

『はっぴーばーすでい。陽子!!』

「お誕生日おめでとう」

やたらテンションの高い雁国人二人と、恥かしそうに大人しく微笑む巧国人に、

陽子はかくかくとぎこちなく頷いた。

「あ、有難う御座います。延王。六太君。楽俊も………」

「これは俺から!」

「こっちはオレのな!!」

と両手にいっぱいのやたらと綺麗な包装紙とリボンに包まれた箱を渡されながら、

しかし陽子の目は三人に釘付けになっていた。

「あ、あの。延王……?」

「なんだ!」

さぁ、何でも言ってくれっ!とばかりに両手を広げてみせる延王に、陽子はその身体を

指差して訊ねた。

「あの、そのお姿は、一体………?」

「燕尾服だ!!」

力一杯、延王は応じた。

その返答に、ぐぅ、と陽子はうめいた。

それは分かる。それは見れば分かるけれど……。

いや、上背のある延王に黒と白の燕尾服(シルクハット付き)はよく似合っていたし、

六太君もちっちゃな紳士みたいですごく可愛くて、楽俊にいたっては身体の細さが

際立って、腰や足の細さに思わず嫉妬したくなるくらい……いやいや、そんなことは

ともかく、皆とても格好良かったけれども。

「なんで燕尾服?」

陽子は思わず突っ込んでいた。

「なんでとな?」

延王は大きなジェスチャーでびしっ!と綺麗なポーズをとった。

どこで手に入れたものやら、高級素材っぽい杖までお持ちである。

「あちらでは誕生日のお祝いはこうだと聞いたぞ!」(びし!)

「え?」

陽子の声が困惑を含んだ。

「親しい者が贈り物を贈って、皆で甘いものを食べるのだろう?」

「はいはい!! オレ、知ってる! けーきっていうんだ」(びし!)

「おお、そうそう。一度お前が持って帰って来たやつだな。あれは美味かった。

俺が居た頃はなかったが、いや、あちらもかなり変わったみたいだなぁ。

それで、もーにんぐすーつとやらを着て来たのだが」(びしっ!)

「もーにんぐすーつ………」

はっ、とあることに気付いて、陽子は虚ろに微笑んだ。

「あの、それは浩瀚が………?」

陽子が尋ねると、延王は素直に頷いた。

「前に、蓬莱の誕生日とはどのようなものですか、と聞かれてな」

浩瀚〜〜〜〜〜〜!!(泣) と陽子は心の中で絶叫した。

よりにもよって延王に聞くことないでしょうにぃ〜〜〜!!

延王は力一杯の笑顔で、しかし、こそり、と小声になって、

「んで、だ。楽俊も連れて来た」

にこりと笑った。

その言葉に陽子は少し赤くなって、楽俊を見遣った。

先程から口を挟まず、にこにこして立っている楽俊は、洋装でいつもと印象が違って

見えた。楽俊にはスタイリストつけると色んな顔を見せてくれそうだなぁ、と陽子は思う。

彼は延国主従とは違って、シルクハットはかぶらず髪を後ろでくくっている。

下手なアイドルよりずっと素敵かもしれないぞ、と陽子は改めて惚れ惚れしてしまった。

 

とにもかくにも、お祝いしてくれるというのはやはり嬉しいもので。

陽子はまかないの官に御馳走を作ってもらって、さらにケーキの作り方も伝授して、

お誕生日パーティーを開いた。

急だったから準備も満足に出来ず、ささやかなものではあったけれど、祥瓊や鈴は

鏡、帯止めをくれたし、浩瀚や遠甫は新しい筆、硯をくれた。虎嘯や桓魋も

小刀、剣帯といった実用的なものをくれて、陽子はとても嬉しかった。

さらには景麒までが贈り物をくれたから、陽子はびっくりした。帝王学の教科書とやら

だったけれど、まぁ、それはそれで嬉しいものだ。

どんちゃんさわぎの続く中、陽子は一人、静かな露台に出て、ほっと息を吐いた。

こういうのも、たまにはいいな、と唇がほころぶ。

「陽子?」

聞き慣れた声に呼ばれて振り返ると、そこには予想した通りの、楽俊の姿があった。

「どうした?疲れたか?」

「うん。ちょっとだけ」

素直に陽子は答えた。楽俊には嘘が吐けないし、吐いたとしてもお見通しだからだ。

「陽子もか。おいらもちょっと疲れた」

にこりと楽俊は笑った。

「この服、動きやすいけど窮屈な感じもするな。着慣れてないせいだろうけど。

あちらでは陽子も着ていたのか?」

「うううん。それは男の人の服だから、私は着た事ないよ」

「そうなのか」

服を見下ろしながら、楽俊は頷いた。

どうやって六太君がこれを手に入れてきたのか、ちょっと訊くのが怖い陽子だ。

「誕生日に着る服が決まってるなんて、面白いな」

そんな陽子の内心を知らず、微笑みながら楽俊は続けた。

「あちらを一度見てみたいなぁ」

「あ、楽俊」

陽子は慌てて両手を前で振った。

「燕尾服は別に誕生日に着る服じゃないよ。延王は誤解されてるみたいなんだ」

何せ延王は戦国時代人である。今後のこともあるし、楽俊には延王のいう事が

蓬莱人の常識と思われては困る。

そう思って、訂正した陽子だったのだが。

「あれ、そうなのか? じゃ、陽子が言ったのって、どういう事だったんだ?」

無邪気に聞かれて、陽子は絶句した。

今更、あれはその場の勢いとうっかりで、なんて言えるはずもない。

あせあせしている陽子を不思議そうに見つめ、不意に楽俊は、あ。と掌を叩いた。

「そういえばまだ渡してなかったよな。お誕生日、おめでとう。陽子」

どこからともなく出されたのは、小さな箱。

「え? 有難う!!楽俊。 いいの?」

是、という答えに、開けていい?と陽子は声を掛けてから包装を解いた。

中にあったのは。

細い繊細な造りの銀の櫛。

「ごめんな。大したもんじゃないけど」

声も無く見つめていた陽子は、楽俊の言葉にぶんぶんと頭を振る。

「有難う。すごく、嬉しい」

感動に手が震えた。

「大切にする」

ぎゅっ、と胸に抱いた。

楽俊が照れくさそうに耳の後ろを掻く。

「楽俊のお誕生日も絶対お祝いしようね!!」

陽子が力を込めていうと、楽俊は微苦笑した。

「おいらは別にいいよ。第一、延王や延台輔のああいう姿はおいらの部屋じゃ、

ちょっとなぁ」

思わず言葉に詰まった陽子の頭に、楽俊はぽん、と右手を置いて口角を上げた。

真珠色の歯がちらりと零れて、陽子はほぅ、と見蕩れてしまった。

「おいら、陽子の喜ぶ顔を見れただけで充分だ。おいらにはそれ以上の贈り物

なんてないよ」

小声で呟かれる言葉に、陽子は心がじんわりと暖かくなったのを感じた。

スーツの方は勘違いされてしまったけれど。

甘い声でささやかれた甘い言葉で、それでもう充分満たされたと思えた。

 

「延王、六太くん、それに浩瀚、本当に有難う」

宴も終わり、さて帰ろうか、という段になって、陽子は特に三人に礼を言った。

「こんなに楽しくて、嬉しいお誕生会なんて今までなかったよ」

「そうか。それは良かった」

延王も満足げに微笑む。

「来年もまたいたしましょう」

浩瀚が言い、微笑み返した陽子に、

「おう、来年はもっとすごいスーツにするから、楽しみにしてくれ!」(びしっ!)

延王の言葉でその笑みが凍り付いた。

「え」

「次回はけーきも持参して来るよ!」(びしっ!)

「え」

あ、あの。スーツってね、バースデイスーツってね、と、うろたえ始めた陽子に

さわやかな微笑みを残しつつ、

『じゃ!』(びしっ!)

と二人は綺麗に声を(決めポーズも)ハモらせて立ち去る。

あ〜〜〜〜。待って〜〜〜〜〜〜〜!!(泣)と叫ぶ陽子を尻目に、

哀れ、誤解はとけないまま………。

 

*

*

*

 

だから今日も陽子は、雲海から下の世界を透かし見て溜息を吐いていた。

そして冢宰も、いつものその溜息の後に静かに訊ねる。

「主上? 何かお困りごとですか?」

「いや………。泰麒ちゃんは元気かな、と思って………(泣)」

いまこそ泰麒の助けが欲しかった。

戦国時代頭の延王に、現代人の、異性との会話でははばかる男性同士でしか

話せない、あちらのそんなこんなの常識を広めて、お願い〜〜〜〜〜!! と。

「ああ、主上、そういえば楽俊殿が主上は正確にはなんとおっしゃったのか

お尋ねになったのでお答えしたのですが」

びくっ、と陽子の肩が震えた。

陽子には楽俊の言葉の予想がついた。長い付き合いになる。

それくらい分かる程度には。

だから陽子は耳を塞いだ。それから先を聞きたくはなかったのだ。

 

 

 

 

「ばーすでいすーつって何ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

了.

 

2001.11.29.


わっはっは。すみません。完全に趣味ネタですね〜。(^^;
しかもありがちだし。(汗)
本当、陽子ちゃんって何月生まれなんでしょうね?
新刊に期待???(笑)

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