息をつめて、楽俊は跳ね起きた。

強張った四肢が、緊張しすぎて、震えている。

また、いつもの夢。

楽俊はほっと息を吐く。

がちがちになった腕を、ぎこちなく動かしてみる。

大丈夫。

夢、だ。

 

 

* * *

 

 

楽俊は臥牀から降りた。

水で喉を潤し、窓辺に立って、夜風を吸い込んだ。

汗ばんだ体が、一瞬、寒気を感じて皮膚を粟立てる。

その感覚に、楽俊は柳眉を寄せた。

大丈夫。

きっと無事。

延王がついていらっしゃる。

雁国の精鋭が守ってくれているから。

不安で騒ぎ立てる心を、辛抱強く宥め続ける。

楽俊が見つめるその先は、東南。

慶東国。

今、その国は新しい王を阻んで争乱を続けていた。

楽俊は目を閉じて、慶国の風景を思い浮かべる。

痩せた土地。荒れた田畑。

人の顔に生気はなく、対応する官の様子は殻に閉じこもった怯えた子犬のよう。

………それが、彼女の国、だった。

 

 

玄英宮に残れと、強く言われた。

これ以上、迷惑はかけられない。楽俊は安全なところに居て欲しいのだと。

拒否すれば、足手まといになることは分かっていた。

玄英宮でじっとしている方がいいのだと分かっていた。

是、と答えようとして。

けれど、口をついて出たのは「否。」の一言。

自分でも驚いた。

まるで聞き分けのない駄々っ子のよう。

延王と延麒の前で散々言い合って、結局、延麒が助け舟を出してくれるまで

やり合った。

どうしても承服出来なかったのは、ほんの一瞬、巧国での暮らしが脳裏を

よぎったせいかもしれない。

息を殺して、見える世界から目を逸らし続けて。

ただ、緩慢に死を待ち望んだ日々。

そんな暮らしから抜け出したかったのは自分。

そんな暮らしから、引っ張り上げてくれたのは、彼女。

玄英宮の中で隠れていたくはなかった。

彼女が戦うのなら。

その傍で、彼女を見つめる事の出来る距離で。

共に戦いたかった。

ならば手伝え。と延麒に連れ出され、誰もいなくなったところで、延麒に笑われた。

意外に感情的なんだな、と言われて赤面した。

戦場には連れ出せない、とはっきりと告げられ、けれど、お前にしか出来ない戦いも

あると、諭された。

州侯を説得して回るのだ、と。

お前が見てきた景王を、州侯に宣伝してまわれ。彼女が間違いなく王気を備えている

ことを、皆に知らせるんだ、と。

今度は、素直にはっきりと頷くことが出来た。

「是。」と……。

 

 

玄英宮に戻る度、彼女の傍から離れる度、何故か必ず夢を見る。

それは例えば誰もいない烏号の町。

暗い阿岸の夜。

血に染まった午寮の門。

彼女がいない、孤独な夢を。

きっと生きている。

大丈夫、死んでなんかいない。

夢の中でも繰り返し、呟き続ける自らの声。

けれど、もし。

 

彼女がもし、このままいなくなってしまったら………………?

 

楽俊はふっと息をつく。

目を伏せ、臥牀に戻る。

明日はまた慶国に行く。

楽俊の姿を見かねた延麒が、彼女のいる陣にも連れて行ってくれるらしい。

精鋭といえど、無傷ではないようだった。

ただ、一つ思うことは。

他の誰かがどうなっても良い。彼女だけは無事でいて。

一番醜悪な心が、それを望む。

一番純粋な、一番綺麗な心が、それを祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

陽子。

陽子。

お願いだから、

どうかまた一人にはしないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

いとおしい貴女。

眩い人。

天空にある黄金の光のように

その残像だけをこの瞳に灼き付けて…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

了.

2001.12.29.


今何月やねん、ってツッコミはなしです〜〜〜。ν
何で真冬に夏の話を書くんでしょうね、私……。(汗)
新しい年も迫ってきて、初心に帰ろうかと思って「月の〜」を
読み返したんです。以前から州侯説得楽俊は書きたいと
思ってたんですけど。う〜〜〜ん。この暗さは「海」の続きっぽい?(^^;

 

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